M&Aで会社を高く売りたいなら企業価値算定の前にやるべきこと5選

長年手塩にかけて育ててきた会社をM&Aで譲渡する際、経営者であれば誰もが「適正な評価を受けたい」「できるだけ高く売りたい」と願うものです。しかし、何の準備もせずにいきなり企業価値算定を依頼してしまうと、本来持っているポテンシャルよりも低い評価額が提示されてしまうケースは少なくありません。
M&Aにおける最終的な売却価格を大きく左右するのは、実は買い手候補との交渉が始まる前の「事前準備」にあります。これを専門用語で「磨き上げ」とも呼びますが、会社の財務状況や組織体制をあらかじめ整理し、潜在的なリスクを低減させておくことは、買い手企業に対する大きな安心材料となり、結果として企業価値の向上に直結します。
そこで本記事では、M&Aをご検討中の経営者様に向けて、企業価値算定を行う前に必ず取り組んでいただきたい5つの重要なポイントを詳しく解説します。決算書の透明化から組織体制の強化、将来的なリスクの解消まで、具体的かつ実践的な対策をご紹介しますので、スムーズで満足度の高いM&Aを実現するための手引きとしてぜひご活用ください。
1. 決算書の信頼性を高めるために、過度な節税対策を見直し財務の透明化を図りましょう
経営者にとって税金を抑えて手元にキャッシュを残すための「節税」は、通常の会社経営において合理的な判断と言えます。しかし、いざM&Aで自社の売却を検討する段階になると、これまで熱心に行ってきた過度な節税対策が、かえって企業価値を毀損し、売却価格を下げる要因になってしまうケースが少なくありません。会社を高く売るためには、まずは決算書の信頼性を高め、財務の透明化を図ることが最優先事項となります。
一般的に中小企業のM&Aにおける企業価値評価(バリュエーション)では、時価純資産に営業権(のれん代)を加算する方法や、EBITDA(償却前営業利益)に一定の倍率を掛けるマルチプル法などが採用されます。いずれの手法においても、計算の基礎となるのは「会社がどれだけの利益を生み出しているか」という収益力です。節税のために役員報酬を相場より高く設定したり、経営者個人の私的な飲食費や旅行費を経費計上したり、あるいは過大な生命保険料を支払って利益を圧縮している場合、決算書上の営業利益は本来の実力よりも低く表示されます。
もちろん、M&Aの実務では、これらの節税項目を足し戻して「正常収益力」を算出し直す作業が行われます。しかし、公私混同と捉えられかねない経費があまりに多いと、買い手候補企業が行う買収監査(デューデリジェンス)において、「他にも帳簿に載っていない簿外債務やリスクがあるのではないか」という不信感を抱かれる原因となります。決算書の透明性が低いと判断されれば、リスクプレミアムとして買収価格を減額(ディスカウント)されたり、最悪の場合は交渉が決裂(ブレイク)したりする可能性も否定できません。
高値売却を目指すのであれば、M&Aを検討し始めたタイミングで、まずは顧問税理士と相談し、行き過ぎた節税対策をストップさせるべきです。私的な経費の混入を排除し、在庫の評価損や貸倒引当金を適切に処理するなどして、会計上の利益と実態の利益を一致させていく「磨き上げ」のプロセスが重要です。クリーンで透明性の高い財務諸表を用意することは、買い手に対する誠意を示すだけでなく、デューデリジェンスをスムーズに進め、結果として満足のいく価格でのエグジットを実現するための最短ルートとなります。
2. 経営者への依存度を下げ、組織として持続的に成長できる体制を構築することが重要です
M&Aにおいて、買い手企業が最も懸念するリスクの一つが「経営者への過度な依存」です。中小企業の多くは、創業者である社長個人の卓越した営業力や技術力、あるいは独自の人脈によって売上が支えられているケースが少なくありません。しかし、会社を高く売りたいと考えるのであれば、この「属人化」からの脱却は避けて通れない最重要課題となります。
なぜなら、買い手は会社を買収した後、現経営者が引退したり退任したりした後も、事業が問題なく継続し、さらに成長できるかを厳しくチェックするからです。「社長がいなければ現場が回らない」「主要な取引先は社長個人の信用で繋がっている」という状態では、事業の継続性に重大な疑義が生じ、企業価値(バリュエーション)が大幅にディスカウントされる要因となります。キーマンリスクが高いと判断されれば、最悪の場合、デューデリジェンス(買収監査)の段階で破談になる可能性すらあります。
企業価値算定の前段階で取り組むべき具体的な対策として、以下のステップが有効です。
まず、権限委譲を進めてNo.2以下の経営幹部を育成することです。社長が決裁しなくても日常業務や現場の意思決定が滞りなく進むよう、幹部社員に適切な権限と責任を持たせます。買い手企業とのトップ面談などの場面で、社長以外の役員や部長クラスが自社の強みや事業数値を論理的に語れる状態であれば、組織としての信頼性は飛躍的に向上し、買収価格のアップにつながりやすくなります。
次に、業務の標準化とマニュアル化(仕組み化)の徹底です。特定の担当者しか把握していない「ブラックボックス化」した業務プロセスを洗い出し、誰が担当しても一定の品質と成果を保てるような仕組みを構築します。営業ノウハウ、製造フロー、顧客管理などが形式知化されていれば、M&A成立後のPMI(統合作業)もスムーズに進むと判断され、買い手にとっての魅力が増します。
最後に、経営情報の可視化と透明性の確保です。社長の「勘」や「経験」のみに頼った経営ではなく、KPI(重要業績評価指標)に基づいた予実管理体制を整えることで、客観的なデータに基づく経営判断が可能であることを示します。
経営者への依存度を下げ、組織として自走できる強固な体制を整えることは、単にM&Aを有利に進めるためだけでなく、会社としての基礎体力を高め、収益性を安定させることにも直結します。「社長がいなくても持続的に成長し続ける仕組み」こそが、高額売却を実現するための最大の無形資産となるのです。
3. 将来の値下げ交渉を防ぐために、法務や労務に関する潜在的なリスクを事前に解消しましょう
M&Aのプロセスにおいて、買い手候補との基本合意後に実施されるデューデリジェンス(買収監査)は、最終的な譲渡価格を決定づける極めて重要なフェーズです。ここで法務や労務に関する重大な不備が発覚すると、買収側にとってのリスク要因とみなされ、大幅な価格減額を要求されるか、最悪の場合は破談となるケースが後を絶ちません。会社を高く、そして確実に売却するためには、こうした「隠れた爆弾」を事前に発見し、除去しておくことが不可欠です。
特に中小企業のM&Aにおいて、最も厳しくチェックされるのが労務リスクです。代表的なものが「未払い残業代」の存在です。固定残業代制度の運用ミスや、名ばかり管理職の問題、勤怠管理の不備などは、買収後に多額の簿外債務として顕在化する恐れがあるため、買い手は非常に警戒します。また、社会保険の加入漏れや36協定の未締結といった基本的なコンプライアンス違反も、企業統治能力を疑われ、ディスカウントの材料にされかねません。これらは過去2年分(法改正により今後は順次延長)に遡って請求されるリスクがあるため、売却前に精算や是正を行い、クリーンな状態にしておく必要があります。
法務面においては、契約関係の整理が重要です。株主総会や取締役会の議事録が適切に作成・保管されているかはもちろんのこと、取引基本契約書の内容確認も欠かせません。特に注意すべきは「チェンジ・オブ・コントロール条項(COC条項)」です。これは、株主の変更や合併などによって経営権が移動した場合に、相手方が契約を解除できるという条項です。主要な取引先や賃貸借契約にこの条項が含まれている場合、M&A実行と同時に事業基盤を失うリスクがあるため、事前に取引先から承諾を得る準備をするなどの対策が求められます。
これらのリスクを自社だけで完全に把握するのは困難です。そのため、本格的な売却プロセスに入る前に、弁護士や社会保険労務士などの専門家に依頼し、「プレデューデリジェンス(模擬監査)」を実施することを強く推奨します。買い手目線でリスクを洗い出し、指摘されそうなポイントをあらかじめ解消(磨き上げ)しておくことで、デューデリジェンスをスムーズに通過できるだけでなく、経営の透明性をアピールでき、結果として企業価値の維持・向上につながります。表明保証違反による売却後のトラブルを防ぐためにも、法務・労務リスクの事前解消は、高値売却に向けた必須の投資と言えるでしょう。
4. 会社の魅力を最大限に伝えるため、具体的で実現可能性の高い事業計画書を策定しましょう
M&Aにおいて買い手企業が最も重視するのは、過去の実績以上に「その会社を買収した後、どれだけの利益を生み出せるか」という将来性です。この将来性を客観的かつ魅力的に提示するツールこそが「事業計画書」であり、売却価格(バリュエーション)を最大化させるための最重要資料の一つと言えます。
多くの経営者が陥りがちなのが、単に「売上目標」を羅列しただけの、根拠の乏しい右肩上がりの計画書を作成してしまうことです。いわゆる「絵に描いた餅」のような計画書では、買い手候補である投資ファンドや事業会社からの信頼を得ることはできず、かえって企業価値の評価を下げる要因にもなりかねません。
高く評価される事業計画書には、必ず「具体性」と「実現可能性」が伴います。例えば、売上増加を見込むのであれば、「市場規模の拡大」「新規店舗の出店」「営業人員の増員」「新商品の投入」など、どの要素がドライバーとなって数字が伸びるのかを論理的に説明する必要があります。その際、顧客獲得単価(CPA)やリピート率、客単価といった具体的なKPI(重要業績評価指標)を用いて、過去のトレンドや実績データに基づいた算出ロジックを示すことが重要です。
また、事業計画書には自社の単独成長だけでなく、買い手企業とのシナジー効果を考慮したシナリオを盛り込むことも有効です。買い手のリソース(販売網、技術力、ブランド力など)を活用することで、これだけの追加利益が見込めるというシミュレーション提示できれば、買い手は買収に対する投資対効果を具体的にイメージしやすくなり、提示金額のアップにつながる可能性が高まります。
さらに、精度の高い事業計画書を用意しておくことは、基本合意後のデューデリジェンス(買収監査)をスムーズに進める上でも有利に働きます。将来のキャッシュフローに対する不確実性(リスク)を減らすことができれば、ディスカウントされる要素を排除でき、結果として手元に残る売却益を最大化することに繋がるのです。専門家であるM&Aアドバイザーや公認会計士の知見も借りながら、説得力のある事業計画を策定してください。
5. 事業に関係のない資産を整理し、バランスシートをスリム化して企業価値の向上を目指しましょう
M&Aによる会社売却を成功させ、譲渡価格を最大化するためには、財務諸表の見栄えを良くするだけでなく、実質的な財務体質を強化しておくことが不可欠です。多くの経営者がPL(損益計算書)の売上や利益には注目しますが、BS(貸借対照表)の状態、特に「事業に関係のない資産(非事業用資産)」の取り扱いについては見落としがちです。買い手企業にとって、事業シナジーを生まない資産は単なるコストやリスクと見なされ、買収価格の減額要因(ディスカウント)となる可能性が高いため、事前の整理が重要となります。
具体的に整理・処分を検討すべき資産には、以下のようなものが挙げられます。
* 遊休不動産: かつて事業拡大のために取得したが現在は使用していない土地や、稼働していない古い工場、倉庫など。維持管理費や固定資産税がかかるだけの資産はマイナス評価につながります。
* 経営者個人の趣味嗜好が強い資産: 節税対策として法人名義で購入した高級外車、リゾートマンション、ゴルフ会員権、高額な美術品など。これらは事業継続に不要と判断されるため、M&A実行前に経営者個人が買い取るか、市場で売却して現金化しておくのが望ましいでしょう。
* 不良資産: 長期間動いていない滞留在庫、回収見込みのない売掛金、役員への貸付金や仮払金など。これらが資産として計上されていると、デューデリジェンス(買収監査)で厳しく指摘され、不信感を招く原因となります。
これらの資産を整理し、バランスシートをスリム化することには大きなメリットがあります。まず、資産を現金化することで手元流動性が高まります。その現金を借入金の返済に充てれば有利子負債が減少し、現預金として保有すれば実質的な負債額(ネットデット)が下がるため、結果として株式価値の算定においてプラスに働きます。また、総資産が圧縮されることでROA(総資産利益率)などの財務効率指標が改善し、優良企業としての評価を得やすくなります。
M&Aの交渉が始まってから慌てて資産を整理しようとすると、足元を見られて安く買い叩かれたり、法的な手続きでスケジュールが遅延したりするリスクがあります。会社を少しでも高く評価してもらうためには、企業価値算定が行われる前の段階から、税理士やM&A専門家と連携し、筋肉質な財務体質への転換を進めておくことが勝利への鉄則です。
【監修者】ブルーリーフパートナーズ
代表取締役 小泉 誉幸
公認会計士試験合格後、新卒で株式会社シグマクシスに入社し、売上高数千億の大手企業に対し業務改善、要件定義や構想策定を中心としシステム導入によるコンサルティングを実施。その後、中堅中小企業の事業再生を主業務としているロングブラックパートナーズ株式会社にて財務DD、事業DD、再生計画の立案、損益改善施策検討に従事。ブルーリーフパートナーズ株式会社設立後は加え税理士法人含む全社の事業推進を実施。
・慶應義塾大学大学院商学研究科修了