テレワーク時代の業務効率化:事業再生に成功した企業のDX戦略分析

テレワークの普及により、場所を選ばない柔軟な働き方が定着しつつあります。しかし一方で、コミュニケーションの希薄化や業務プロセスの複雑化など、新たな経営課題に直面している企業も少なくありません。「デジタルツールを導入したが、期待したほどの業務効率化につながらない」「組織の一体感が失われ、業績が停滞している」といったお悩みをお持ちの経営者様も多いのではないでしょうか。
変化の激しい現代において、企業が持続的な成長を遂げるためには、単なるツールの導入にとどまらない、経営戦略と紐づいたデジタルトランスフォーメーション(DX)が不可欠です。実際に、経営危機とも呼べる状況から、DXを梃子(てこ)にして事業再生を果たし、V字回復を実現した企業が存在します。それらの成功企業には、明確な戦略と共通したプロセス再構築のアプローチがありました。
本記事では、テレワーク時代における真の業務効率化とは何かを再定義し、事業再生に成功した企業の事例から、実践的なDX戦略を分析します。コスト削減と生産性向上を同時に実現するためのプロセス見直しから、組織の実行力を高めるマネジメント手法まで、経営者が今すぐに取り組むべき改革のポイントを解説します。貴社のさらなる飛躍に向けた一助となれば幸いです。
1. テレワーク移行で表面化した経営課題と、DXによる抜本的な解決アプローチ
テレワークの普及は、企業にとって「パンドラの箱」を開けるような出来事でした。オフィスにいれば見過ごされていた非効率な業務プロセスや、対面での口頭伝達に依存していた曖昧な指示系統が、物理的な距離によって白日の下に晒されたからです。多くの経営者が直面したのは、単なる社員のPCスキル不足や通信環境の問題といった表層的なものではなく、組織全体の生産性を阻害する構造的な欠陥でした。
特に深刻だったのが「業務のブラックボックス化」と「コミュニケーションコストの増大」です。誰がどのタスクを進行中なのかが見えない不安は、過剰な報告業務や頻繁なオンライン会議を生み出し、本来充てるべき実務時間を圧迫しました。また、ハンコ決裁や紙の請求書処理のために出社を余儀なくされる「アナログの足枷」は、社員のモチベーション低下だけでなく、事業継続計画(BCP)の観点からも重大な経営リスクとして認識されました。
こうした課題に対し、事業再生を成し遂げV字回復を果たした企業は、単にZoomやSlackといったコミュニケーションツールを導入するだけの「デジタル化」では満足しませんでした。彼らが実践したのは、業務フローそのものをデジタル前提で再構築する、真の意味でのデジタルトランスフォーメーション(DX)です。
抜本的な解決アプローチとしてまず挙げられるのが、クラウドERP(統合基幹業務システム)やワークフローシステムの導入による、業務プロセスの完全な可視化です。例えば、Salesforceやkintoneといったプラットフォームを活用し、顧客管理から案件進捗、請求業務までを一気通貫でデジタル化することで、場所を問わずリアルタイムで経営数値を把握できる環境を整備しました。これにより、承認プロセスにおける停滞を解消し、意思決定と顧客対応のスピードを劇的に向上させています。
さらに、業務プロセスから属人性を排除し、データを共通言語にすることも重要な戦略でした。「あの人に聞かないとわからない」という状態をなくし、マニュアルやナレッジをNotionなどのドキュメント管理ツールで共有することで、誰でも業務を遂行できる体制を構築しました。成功企業の共通点は、ITツールの導入をゴールとするのではなく、データを活用して企業風土やビジネスモデルそのものを変革しようとする強い意志と実行力にあったと言えます。
2. 劇的な業績改善を果たした企業に共通する、実践的なデジタル戦略の分析
テレワーク環境下において業績を伸ばし、事業再生や飛躍的な成長を遂げた企業には、明確な共通点が存在します。それは、デジタル技術を単なる「省力化ツール」としてではなく、「意思決定の迅速化」と「顧客価値の再定義」のために活用している点です。リモートワークへの移行に伴い、従来の対面コミュニケーションに依存した業務フローが機能不全に陥るケースが散見されますが、成功企業はこの危機を好機と捉え、根本的な構造改革を実行しています。
まず注目すべきは、現場レベルでのデータ活用能力の向上です。作業服市場から一般向けアウトドアウェア市場への参入で大きな成功を収めたワークマンの事例は、DX(デジタルトランスフォーメーション)の本質を示唆しています。同社は高度なAIシステムをトップダウンで導入するのではなく、現場の社員が使い慣れた表計算ソフトを活用して在庫管理や需要予測を行う「エクセル経営」を推進しました。これにより、各店舗の店長や担当者が自らデータを分析し、仮説検証を行う風土が醸成されました。テレワーク時代においては、中央集権的な管理よりも、現場がデータに基づいて自律的に判断できる環境こそが、変化への対応力を高めます。
次に、アナログな業界慣習をデジタルで打破し、圧倒的な利便性を提供することで差別化を図る戦略も有効です。機械工具卸売業のトラスコ中山は、在庫リスクを恐れずに商品を抱えるという、従来の効率化とは逆転の発想を持ちつつ、それを支える高度な物流システムとIT基盤を構築しました。同社のシステム「MATEHAN(マテハン)」は、受注から出荷までのプロセスを極限まで自動化し、即日配送を実現しています。見積もり回答などの定型業務をAIや自動化システムに任せることで、社員は顧客への提案活動など、付加価値の高い業務に集中することが可能になります。
さらに、事業再生の観点からは、顧客接点のデジタル化による収益構造の改善が見逃せません。宿泊業界において独自のポジショニングを確立している星野リゾートは、予約システムや顧客管理のデジタル化を徹底することで、集客コストの最適化と顧客満足度の向上を同時に実現しました。また、従業員のマルチタスク化を支援する業務アプリを導入し、清掃から接客までを少人数で効率よく回す仕組みを構築しています。これにより、需要変動の激しい観光業においても、損益分岐点を下げ、安定した収益を確保する体制を整えました。
これらの成功事例に共通するのは、DXを「IT部門の仕事」とせず、「経営戦略の根幹」として位置づけている点です。クラウドサービスの活用やペーパーレス化はあくまで手段に過ぎません。重要なのは、デジタル技術を用いて、場所や時間に縛られない柔軟な働き方を構築し、そこから生み出されたリソースを新たな顧客価値の創造へと投資することです。テレワーク時代の業務効率化は、単なるコスト削減ではなく、企業の競争力を根底から強化する事業再生のエンジンとなり得るのです。
3. コスト削減と業務効率化を同時に実現する、プロセス再構築の重要ポイント
テレワークの普及により、多くの企業がZoomやSlack、Microsoft Teamsといったコミュニケーションツールの導入を進めました。しかし、単にデジタルツールを導入しただけでは、期待したほどのコスト削減や業務効率化につながらないケースが散見されます。むしろ、ツールのランニングコストが増加したり、対面で行っていた非効率な業務をそのままデジタル空間に持ち込んだことで、コミュニケーションコストが増大したりするという「DXのジレンマ」に陥っている企業も少なくありません。
事業再生や飛躍的な成長を遂げた企業に共通しているのは、ツール導入の前に「ビジネスプロセスの再構築(BPR)」を徹底して行っている点です。ここでは、コスト削減と業務効率化を同時に達成するための、プロセス見直しの重要なポイントを解説します。
既存業務の「単純デジタル化」を避ける
失敗するDXの典型例は、紙で行っていた承認フローをそのまま電子ワークフローに置き換えることです。「ハンコを押す」という行為がクリックに変わっただけで、承認者の数や待ち時間が変わらなければ、本質的なリードタイム短縮にはなりません。
成功企業は、デジタル化を契機に承認プロセスそのものを疑います。「本当にこの承認は必要なのか?」「データに基づき、一定金額以下は担当者の裁量で決済できないか?」といった問い直しを行い、プロセス自体を簡素化・自動化します。例えば、星野リゾートでは、独自のITシステムを活用して全スタッフが顧客情報や予約状況をリアルタイムで共有できる環境を構築しました。これにより、清掃、調理、接客といった業務を分断せず、一人のスタッフが複数の業務をこなす「マルチタスク化」を実現し、圧倒的な生産性向上と人件費の最適化に成功しています。
データのサイロ化を防ぎ、連携コストを下げる
各部署が個別にSaaS(Software as a Service)を導入した結果、データが各ツールに分散し、転記作業やデータの突き合わせに膨大な工数がかかっている現状があります。これでは、システム利用料という金銭的コストと、管理工数という時間的コストの二重苦となります。
プロセス再構築においては、API連携やiPaaS(Integration Platform as a Service)を活用し、システム間のデータを自動連携させることが不可欠です。営業支援システム(CRM)に入力された受注データが、そのまま請求管理システムや会計ソフトに流れる仕組みを作れば、入力ミスはゼロになり、経理担当者の確認作業も大幅に削減されます。トラスコ中山のように、在庫管理から配送までをデータで一元管理し、サプライチェーン全体の最適化を図ることで、無駄な在庫コストを削減しながら即納体制を維持している事例は、まさにデータ連携によるプロセス改革の好例です。
固定費から変動費へのシフトと、コア業務への集中
テレワーク環境下では、物理的なオフィススペースの縮小による固定費削減が注目されがちですが、業務プロセスにおける固定費の見直しも重要です。定型業務やノンコア業務については、RPA(Robotic Process Automation)による自動化や、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の活用を検討すべきです。
業務プロセスを分解し、「自社社員が判断すべきコア業務」と「ルール通りに処理すればよい定型業務」に明確に切り分けます。定型業務をデジタルレイバー(RPA)や外部リソースに任せることで、社内の人材はより付加価値の高い戦略業務や顧客対応に集中できるようになります。これにより、同一の人件費でより高い収益を生み出す体質へと転換することが可能です。
結論として、DXによるコスト削減と業務効率化は、新しいツールを買うことではなく、デジタルを前提として「仕事のやり方そのものをゼロベースで設計し直す」ことから生まれます。このプロセス再構築への意思決定こそが、事業再生の成否を分ける分水嶺となるのです。
4. デジタルツールを定着させ、組織の実行力を高めるためのマネジメント手法
DX(デジタルトランスフォーメーション)の失敗事例において最も頻出する原因の一つが、新たなデジタルツールを導入したものの現場に定着せず、形骸化してしまうケースです。高機能なSaaSやチャットツール、タスク管理システムを契約しても、それを使う従業員の意識と行動が変わらなければ、業務効率化どころか現場の混乱を招きかねません。事業再生やV字回復を果たした企業は、単にツールを導入するだけでなく、それを組織文化の一部として根付かせるための高度なマネジメント手法を実践しています。
デジタルツールを組織に定着させ、実行力を高めるために不可欠なのが「チェンジマネジメント」の視点です。これは組織変革を成功させるための心理的・行動的なアプローチであり、特にテレワーク環境下では、対面でのフォローが難しい分、より意図的なコミュニケーション設計が求められます。
まず重要なのは、経営層およびマネジメント層による「率先垂範」です。現場に対して「新しいツールを使ってください」と指示する一方で、上司自身が従来のメールや電話、紙の書類に固執していては、現場の士気は上がりません。例えば、サイボウズ株式会社は自社製品であるkintoneやGaroonを徹底的に活用し、経営会議の資料作成時間を大幅に削減するなど、トップ自らがデジタルツールの恩恵を体現し、透明性の高い情報共有を行うことで組織全体の風土を変革しています。リーダーがまず変わり、デジタルの利便性を実証することが、現場の心理的ハードルを下げる第一歩となります。
次に、「スモールスタート」と「成功体験の共有」も欠かせません。いきなり全社一斉に複雑なオペレーションを強いるのではなく、特定の部署やプロジェクトチームで試験的に運用し、そこで得られた具体的な成果(例:会議時間が30分短縮された、稟議承認のスピードが倍になった等)を社内広報として拡散します。星野リゾートでは、現場のスタッフが自ら業務アプリを開発・改善できる環境を整えており、エンジニア任せにしない「現場主導のDX」を推進しています。自分たちの手で業務が楽になったという実感こそが、ツール定着の強力なドライバーとなります。
また、デジタルツールの活用度合いを人事評価や称賛の仕組みに組み込むことも有効です。新しいワークフローへの適応を評価項目に加えたり、社内チャットツールでの発信やナレッジ共有が活発な社員を「デジタルアンバサダー」として表彰したりすることで、変化に対するポジティブな動機付けを行います。
最後に、ツール導入はあくまで手段であり、目的は「事業価値の向上」であることを絶えず発信し続ける必要があります。「なぜ今、このツールが必要なのか」「それによって顧客や自分たちにどのようなメリットがあるのか」という「Why」の部分を腹落ちさせるプロセスを経ずに、操作方法(How)だけを教育しても定着はしません。
テレワーク時代における組織の実行力とは、離れた場所にいても同じデータを参照し、迅速に意思決定できる能力のことです。デジタルツールを武器として使いこなすためのマネジメントこそが、企業の再生と成長を分ける決定的な要因となります。
5. 今後の事業成長を見据え、経営者が優先的に取り組むべきDXの第一歩
DX(デジタルトランスフォーメーション)推進における最大の障壁は、技術的な難易度ではなく「どこから手をつけるべきか」という優先順位の迷いにあります。事業再生や急成長を遂げた企業の多くは、いきなりAIを活用した画期的な新事業を立ち上げたわけではありません。まずは社内の非効率なアナログ業務を徹底的に排除し、デジタル基盤を整える「デジタイゼーション(守りのDX)」から着実に取り組んでいます。
経営者が最優先で取り組むべき第一歩は、コミュニケーションと決裁プロセスの完全デジタル化です。テレワークが定着した現在、電話やメール、紙の稟議書に依存した旧来のワークフローは経営スピードを著しく低下させる要因となります。
具体的には、SlackやMicrosoft Teams、Chatworkといったビジネスチャットツールを全社的に導入し、情報の透明性と即時性を確保することが重要です。さらに、クラウドサインやDocuSignなどの電子契約サービスを用いてハンコ出社を不要にすることで、場所を選ばずに意思決定ができる環境を構築します。これにより、物理的な制約による業務の停滞を防ぎ、組織全体の機動力を高めることができます。
次に着手すべきは、バックオフィス業務のクラウド化です。freeeやマネーフォワード クラウドなどの会計システム、SmartHRなどの人事労務ソフトを活用することで、入力作業の手間を削減するだけでなく、経営に必要なデータを一元管理できるようになります。この段階で蓄積されたデータが、将来的に顧客分析や市場予測を行う際の重要な資産となります。経理や総務の負担を減らし、より付加価値の高い業務へリソースを配分することは、事業成長において極めて高い投資対効果を生み出します。
しかし、どのような優れたツールを導入しても、現場任せにしていてはDXは成功しません。最も重要な成功要因は、経営者自身のマインドセット変革とコミットメントです。トップが率先してデジタルツールを使いこなし、データに基づいて判断を下す姿勢を見せることで初めて、組織全体の文化が変わります。「ツールを入れること」を目的にせず、「デジタルを活用してビジネススピードを最大化する」という明確なビジョンを掲げ、小さくとも確実な一歩を踏み出すことが、企業の再成長を決定づける鍵となります。
【監修者】ブルーリーフパートナーズ
代表取締役 小泉 誉幸
公認会計士試験合格後、新卒で株式会社シグマクシスに入社し、売上高数千億の大手企業に対し業務改善、要件定義や構想策定を中心としシステム導入によるコンサルティングを実施。その後、中堅中小企業の事業再生を主業務としているロングブラックパートナーズ株式会社にて財務DD、事業DD、再生計画の立案、損益改善施策検討に従事。ブルーリーフパートナーズ株式会社設立後は加え税理士法人含む全社の事業推進を実施。
・慶應義塾大学大学院商学研究科修了